中国・四川省絶景めぐりの旅
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九 寨 溝  2007.10.17
松   藩   10.16・18
都 江 堰   10.19
武 侯 祠   10.20
峨 眉 山   10.20
楽 山 大 仏  10.21
川    劇
九寨溝の写真が写真誌に
入選しました。
チベット民族舞踊
中国・四川省の旅

 九寨溝の紅葉を求めて、今回の旅行計画は始まった。 このツアーの最終日に参加したのは九寨溝の短い
紅葉の写真を撮りたい為であった。 10月15日の出発は8時50分の成田発である。この時間に成田に行くのは
我が家からでは当日では不可能のため、成田に前泊の旅になった。前回の中国旅行では飛行機が飛んでこな
いで何時間も成田で待たされたが、今回は四川省・成都まで上海でのトランジットもスムーズでまずまずのスタ
ートである。夕食は四川料理の定番、マーボー豆腐を元祖の陳婆さんの店で食したが日本のマーボー豆腐の方
が口に合う。今回の旅の初日はゆっくりと過ごす事が出来た。

二日目は、「九寨溝」の麓まで山岳道路を430Km、3,000m(以下mは海抜)のバス旅行だ。
途中、チャン族の村、紫坪舗ダム、畳渓海子、長征の記念碑、
岷江の源流を下車したり車窓から見たりし、最後に2,800mの所に
ある街を堅固な城壁で囲んだ、明代に建造され今も当時の面影を
残す「松藩古城」を観光して夕刻、九寨溝のホテルに到着した。

三日目は早朝の出発。世界自然遺産の「九寨溝」は神秘な水の
色の湖や大規模な瀑布が数多く点在している。「九寨溝」の構内は
環境保全、自然保護のために小型のエコバスでの観光となる。
2,000〜3,000mの山懐の観光地は総面積約200平方Kmの大自然
の中に有り、エコバスで移動しながら、整備された遊歩道を一日
掛けて観光する。ホテルに帰り、夕食後「チベット民族舞踊」を観る
途中、何回もの停電に暗闇の中、歌が唄たわれ神秘的な(?)舞踊ショーに夜が更けた。

四日目の朝は、「黄龍」への道路が混むので6時半にバスは走り出した。今回のツアーメンバーは旅慣れている
人たちで、何時も指示された出発時間前には全員がそろっている。ツアーガイドのI嬢もしきりに協力に感謝の
言葉を述べていた。渋滞に巻き込まれた時の悲劇は、この後、経験することになる。天目山脈の5,000m級の山
が連なる渓谷に九寨溝・黄龍はあり、そこへ行く為には4,000mもの峠をいくつか超えなければたどり着けない。
九寨溝を出て松藩に戻る山岳道路の峠は一面雪景色でさらに雪が舞っている。松藩で酸素ボンベを支給され、
いよいよ3,600mに位置する石灰岩が階段上に重なるエメラルドグリーンの美しい湖水、「黄龍」への路をバスは
登り始めた。松藩から1時間半程走った4,000mの峠付近で雪が本降りの状態なってきた。道路はガードレール
もなく片側は深い谷の曲がりくねった路である。行くべきか戻るべきか車内は騒然となる。現地ガイドのR嬢はこ
のまま行って雪がひどくなったら、何時帰れるか分からないと云う。黄龍のホテルに入れる保証もないし食事が
出来るかも不安であると云う。ほぼ全員の意見が引き返そうと言うことになり松藩へ戻り、ホテルで昼食をとり、
黄龍の一部と云われる滝を雪の中見に行き、黄龍観光が出来なかった残念な思いを残してベットに入る。

五日目も早朝の出発、ガイドのI嬢が聞いた話として「昨日、黄龍に
向かった中国人観光のバスが崖から落ち死者も出たようである」
と云う。朝の一時その話題で盛り上がって「引き返して良かったね」
などとと昨日の無念さを慰めあったりしていた。
渓谷を走る車窓からは雪をかぶった天目山脈の峰が見え隠れす
る。中国には名前の付いていない山が沢山有るそうで、車窓から
見えている山も名前がないとの説明があった、広大な中国ならの
話しである。ホテルを出てから2時間ほど走った処で大渋滞に巻き
込まれてしまう。この道路は巾が狭く曲がりくねっているため大変
事故が多いとの説明は成都を出発する時に聞いていた、何件か
の事故現場を見ていたが、今回の事故は大きいらしく車列は止ま
ったままである、みんなバスから降りて軽い体操などしている。こんな時困るのはトイレである、男性は近くの畑
の隅で用をたせるが女性にはとても気の毒な状態だ。1時間半ほどして葛折の道路の下の方の車がやっと動き
出した、その後は渋滞もなく次の観光地へ向かう。2、257年前の戦国時代に造られた中国最古の水利施設で
灌漑と干ばつ時の水流を制御し、現在も67万haもの広大な田畑をうるおしている世界遺産の「都江堰」を観光し
て予定よりだいぶ遅くに成都のレストランに着いた。夕食を食べた後、中国一級の国家秘密として守られている
一瞬にして役者の顔が変化する変面劇「川劇」を観て、初日と同じホテルに泊まる。

六日目、今日は成都から140Km離れた世界自然遺産の「峨眉山」
を観光する、朝7時ラッシュが始まる前にホテルを出て成都の街中
に有る「武侯祠」に開門と同時に入場した。三国志で有名な蜀の
宰相諸葛孔明を祀った清代に再建された祠堂は早朝のため静寂の
中にあった。建物のなかには劉備、関羽、張飛、孔明などの像が有
り、三国文化陳列室には、数多くの三国志関連の文化財が展示され
ていた。観光後、バスは高速道路に入り2時間ほど南下した所に有
る、峨眉山の麓のホテルで小型のエコバスに乗り換え、峨眉山の象
徴といわれる普賢菩薩が祀られている報告寺に参拝した後、3,080m
の峨眉山の頂上へ行くロープウェイ(高速の100人乗り)の乗り場ま
で2時間程葛折の山道をバスはあえぎながら登っていく、途中ブレー
キを冷やす為の給水をする程の急な坂道である。今日の峨眉山は
あいにくの雨と雪模様で霧が視界を遮っていて10m先も見えない。四川盆地の西南に位置する峨眉山は中国
四大仏教名山のひとつである。山と山とが向き合う姿が美しい眉のようであることから、この名がつけられたと
いう。最高峰の万仏頂(3,080m)近くの金頂から眺める日の出、雲海、仏光、聖灯は峨眉山の四大絶景とされ
る。紅葉と夕日の写真をねらっていたのだが雪になり金、銀、銅のお寺(それぞれ30mも離れていない)を見つ
けるのにも苦労する有様だ。今夜泊まる峨眉山大酒店には林の中に大きなプールのような露天の温泉が10ヶ
所とサウナがある施設があり夕食後、気のあった人たちと温泉の中で夜遅くまで楽しんだ。

七日目、観光の最後は、峨眉山のホテルから30Km離れた世界
遺産の楽山大仏の観光だ。三つの川が合流する川岸の凌雲山の
崖に彫られた世界最大の楽山大仏は高さ71m、幅約29mで、顔の
長さだけでも15mも有る弥勒菩薩である。 唐の玄宗皇帝の時代
に僧侶の海通がこの付近で頻発していた水難事故や水害を鎮め
るため発願して約90年の歳月をかけて造られたと言う。大仏全体
を見るには船から眺めるしかないほどの大きさである。観光後、
成都の飛行場に戻る途中本場の坦坦麺を食べたが日本の坦坦
麺とはほど遠いもので小さなお椀に麺と薬味が入っている汁なし
のものだった。16時10分発のCA機は機材故障でまだ上海を飛ん
でないとのこと少なくとも3時間は遅れる事になると覚悟決めて10人
ほどで空港内のティーラウンジに居座る事にしたツアーガイドのI嬢
も加わり賑やかな時間を過ごしたが、いっこうに出発時間がデスプレイに表示されない。中国の飛行機には前
回もとんでもなく痛めつけられたのであまり気をもまない様にしていたが、初めての経験の人は段々いらだって
きている様子。そのうちに状況を見に行ったツアーガイドのI嬢が大きな袋を提げて戻ってきた「まだ何時飛ぶか
分からないので飛行機会社から弁当が支給された」とのこと上海のレストランは9時頃に終わってしまうのでここ
で食べて置いて欲しいとのこと、余り美味しくない弁当をお腹に入れ、待つこと数時間10時近くに成都を飛び立
ち、上海のホテルへ夜中に着く、観光会社のミスではない事情でのトラブル、雪で黄龍へ行けなかった、渋滞で
川劇を見る時間に追われた、飛行機が飛んでこずに長時間待たされた、上海での食事が出来なかった等があ
った自分では現地ガイド、添乗員のI嬢は非常に良くやってくれたと思っているが中には色々云う人もいるらしく、
多少の金額を返還するとの話しになったが現地ガイドから明日空港まで本来はバスで行く予定をリニヤカーで
行くことが提案された。昨年の旅で乗ったのでその快適さを(バスで1時間以上掛かるところを8分程度で着く)
説明したら何人かを除いてリニヤカーに乗ることで話しがまとまった。上海のホテルは外灘近くでテレビ塔が見
える部屋は二間続きのスイートルーム、広い部屋に大きなベッドは一人旅の私にはいささか位心地が悪いがゆ
っくり休めた。

八日目、リニヤカーに乗り空港へ、やはり今日のCAも遅れるとの事、共同運行しているANAに乗り換えて成田
に予定通りに到着、チョット疲れた旅だがハプニングの分だけ思いで多い旅になった。
四川省の旅1