中国 沈みゆく遺跡三峡の旅3
三峡ダム構築の計画は1919年に孫文が提唱した。その後1954年の長江大洪水をきっかけに建設の
機運が高まり、1950年後半に旧ソ連の援助でダム建設の調査が行われ賛否両論の中1993年に工事
が開始され2009年に完成する。世界銀行がこの事業への関与を避けるほどの途轍もない構想で「万里
の長城」建設以来の大工事と言われる、三峡ダムは約218億ドルと言う膨大な事業費を中国政府が自
前で調達して着々と事業を進めている。三峡ダムの総貯水量は393億立方メートル、日本にあるダムの
総貯水量のおよそ2倍にも相当する。三峡ダムの果たす役割は、洪水防止(長江は10年に1回大洪水
を起こしている)、電力供給(中国の総発電量の7分の1以上1,820万KW、世界最大の水力発電ダムと
なる)、水上輸送改善などが上げられている。三峡ダムは2003年の2期工事終了とともに段階的に貯
水が始まっていて、現在、完成時の半分の発電が行われている。ダムの全景が見える展望台や、ミニチ
ュアモデルでダム建設の状況などを案内してもらえる接待所(土産や)などの観光設備も整っている。本
年6月から一日1,000人限定でダムの上への入場が許可され、我々も厳しいボデーチェックの後電気自
動車で工事中のダムの上までいきダムの全容を見ることが出来た。
 三峡ダム五段式水門  
                          三峡ダムの水位落差が70mになり、船の運航のため「五段
                          式水門」がダムと中州をはさんだ反対側に作られた。一段ご
                          とに20mの高低差を埋める水門で、現在の水位が135mと
                          なるので4段の水門だけ使用されていた。一番高い5段目の
                          水門は2009年の完成時、水位が175mになったとき使用さ
                          れる。我々の乗った船は夜中に5段目の水門を通過して、4
                          段目の水門に進んだ。後から大小の船が7隻も同じ水門に 
                          並んだ、隣の大型船との間隔は50cmほどで飛び移れそうな
                          近さであるが最後の水門を抜けるまで接触する事は一度もな
                          かった。一つの水門を抜けるのに掛かる時間は40分なの 
                          で、完成後全部の水門(5段)を通過するまでに約3時間はか
かる。三峡ダムを通過後、宜昌港に停泊し翌日(四日目)に三峡ダムの見学をした。 
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